〔実践編〕


目的別に考える



1. 正しい情報源からの知識を

 国内では、2012年に「糖質制限」が大きな話題になりました。最大の理由は、後になって撤回されたとはいえ、いったんは日本糖尿病学会が治療の一選択肢として認めたこと。一方、桐山秀樹氏の著書『おやじダイエット部の奇跡』がテレビ番組で紹介されてベストセラーになったという動きもありました。

 さらには、消毒せずに傷を治す「湿潤療法」を提唱している夏井睦医師が糖質制限を実施して10kgほど痩せ、自分のブログで大々的に紹介したことも加速をつけました。医療関係者のみならず一般の読者も多く、毎日2~3万ビューもあるブログでの紹介ですから、糖質制限の裾野を広げるに十分な役割を果たしました。

 そうして急激に広まったことは、私たちにとっても追い風でした。しかし、メディアに取り上げられる機会が増えてくると、糖質制限を否定する声も数多く上がるようになりました。

 この「否定」について、私たちはそのほとんどを「否定返し」することができます。否定論者が根拠とするデータそのものが間違っているか、恣意的な読み方でデータを捉えているからです。的外れな知識を背景にした批判も、多々ありました。

 ですので、否定論者の声が私たちに響くことは、まずありません。それより少々厄介なのは、糖質制限を肯定するメディア記事や個人ブログなどに間違いが少なくないこと。たとえば、次のような表現をしばしば見かけるのですが、残念ながらこれらは「正しいとはいえない」のです。

  •  ○ 糖質制限をすると、糖尿病が治る。
  •  ○ ご飯と一緒に脂ものを食べると太る。
  •  ○ とにかく主食だけを抜けばいい方法である。
  •  ○ 主食と一緒に野菜を控えてはいけない。
  •  ○ 男性には有効だが女性は痩せない。……etc,
  •  糖質制限が、糖尿病の方に顕著な効果(食後血糖値を上げない/HbA1cが下がるなど)をもたらすのは確かなのですが、「治る」と断言するのは明らかに行きすぎ。というのも、「治る」という表現では根治であるかのように受け取れてしまうからです。「治る」ではなく、「改善する」というべきです。

     このほか、インターネットではさまざまな情報が行き交っています。健康に直結するテーマなのですから、皆さんにはぜひとも正しい情報を入手していただきたいと思います。

     LCHPに興味をもたれた方は、関連の専門書を必ず2冊以上(できれば異なる著者のものを)、それぞれ2回ずつ読んでから実践するようにしてください。もちろん、何らかの持病がある方などは必ず主治医に相談のうえで行うことが不可欠です。


    2. 糖尿病改善目的かダイエット目的か

     ブログやSNSで糖質制限の情報を発信する人が増えてきたのは、うれしいこと。かなり詳しく研究している人もいて、参考になる点が多々あります。

     ただし、そのときに気をつけたいのが、「その人が糖質制限をした目的が何か」を必ず確認すること。ダイエット目的で実施した人は、常に「ダイエットとしての糖質制限」を主眼に置いて書きますので、それを糖尿病改善目的の人が読むと「?」ということがよく起きます。その逆もしかり、です。

     当サイトでは、「糖質を制限する」という引き算の考え方ではなく、「タンパク質と脂質を積極的に食べる」という足し算の考え方をします。その効果についても、生活習慣病全般(特に肥満、糖尿病、メタボリックシンドロームなど)における「改善」はもちろんのこと、実は「予防」のほうもさらに重視しています。そこで、以下の目的別に考えています。

    •  ① 糖尿病など生活習慣病全般の改善
    •  ② 肥満の改善(ダイエット)
    •  ③ 生活習慣病全般の予防および健康増進

     ①には、1型と2型の糖尿病と境界型に加え、糖代謝異常に起因すると考えられている反応性低血糖(機能性低血糖とも)のある方も含みます。

     ②は、BMI25以上の方。身長170cmで72.25kg以上、160cmで64kg以上が該当します。こうした方々は、今は健康診断で何も問題がないとしても、将来何らかの病気になるリスクが高いので、早いうちに減量することをおすすめします。

    【BMI計算式】 体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
      ※身長160cmで体重64kgなら 64÷1.6÷1.6=25

     そのとき、糖質だけを制限してタンパク質と脂質の補給を忘れると、体脂肪だけでなく筋肉も落ちてしまうので、HPであることを絶対に忘れずに。げっそりと痩せるのは、「痩せる」ではなく「やつれる」というべき状態です。

     ちなみに、これは若い女性に多いのですが、たとえば160cmで50kgしかない人が45kgになりたいと希望しても、望むような減量効果はなかなか得にくいというのが正直なところです。理由は単純で、「減らせる体脂肪がもともと少ないから」。まったく減量できないわけではありませんが、結果を得るにはそれなりの時間がかかります。

     LCHPは、ヒトのデザインから外れた食事を続けたために狂ってしまった代謝バランスを適正化し、それと並行してダイエットが図れる食事法です。あくまで「健康な体」をつくるのが主目的であって、ダイエットの立ち位置は副産物。すでに健康体重にある人が、いわゆる美容体重を目指す方法ではありません。

     ただし、「体重は変わらないのにラインが引き締まる」という効果は多くの人に見られています。これは、「減った体脂肪」と「増えた筋肉」の差し引きで起きている現象。体内では、喜ぶべき健康効果が起きています。

     このことは③の方にも通じるのですが、20代の頃と比べて体重はさほど変わっていないけど、なんだか体形がボヨヨンとしてきた気がする……という方がLCHPを行えば、数カ月後には体のラインが変わってくるはずです。

     そして、これこそが③の目的です。今は持病もなく肥満でもなくても、糖質過剰な食生活を続けていけば、いつか体調を崩します。そうならないための予防は、LCHP以外にありません。

     さらにいえば、偏頭痛や冷え性や生理不順といった不定愁訴の多くが、LCHPによって改善します。ですから、このことだけでも実践する価値があるといえるのです。

     では、目的別の実践方法を見てみましょう。

    目的別に考える

    『ブラックジャックによろしく』 佐藤秀峰作 (漫画 on webより)


    ○糖尿病など生活習慣病改善目的の場合

     これまで、「糖尿病は治らない」とされ、合併症を引き起こさないために血糖値をコントロールする治療が行われてきました。ところが、この考え方や治療法はまったく的外れであり、結果として多くの糖尿病患者をつくってしまいました。

     なぜなら、この方法は「カロリーだけを抑えた高糖質の食事で血糖値を上げさせ、それを薬で強引に下げる」というマッチポンプだったから。私たちは、この点に大きな疑問を感じています。

     そんなことをするより、そもそも血糖値を上げないほうがいい――。カロリー制限は空腹感との戦いになりますが、LCHPではステーキをたらふく食べられます。どちらを選択すべきか、論を待ちません。

     糖尿病にも段階がありますから、どれだけ糖質を抜くかはそれ次第です。加えて、病気に対する個人の考え方にも幅があり、症状をねじ伏せようという人から、柳に風の人までさまざま。理想は、「3食すべての主食を抜くこと」ですが、そこまでやるのはつらいという人は、1日1食までなら主食を食べてもいいでしょう。もちろん、できるだけ少量ですが。

     ただし、開始から2週間だけは「3食抜き」にしてください。糖質への依存状態を断つためにも有効な方法ですし、その後が楽になるからです。

     繰り返しになりますが、インスリンやSU剤などで投薬治療中の方は低血糖発作の恐れが大ですので、必ず主治医と相談してから行ってください。その際には、SMBGで継続的に血糖値を計測することをおすすめします。


    ○ダイエット目的の場合

     まずは、現在の体重とBMI22との差を求めましょう。それが仮に24kgなら、12で割った2kgを1カ月の減量目標値とします。

     40kgも落とすような場合なら、ひと月の目標値を3~4kg以内に設定し、そこから期間を逆算するようにしてください。あまりに早すぎる減量は、ややリスキーだからです。

     ダイエットの場合でも、最初の2週間は3食とも主食抜き。それが無理なくでき、順調に体重が減らせているようなら、3週目以降は1日1食か2食なら主食を食べていいでしょう。

     たとえば、現在85kgの人が65kgまで落としたいとします。この場合、最初の10~15kgはあっさりと落ちたものの、70kgぐらいからはちょっと足踏み……という感じのラインを描いてヤキモキするのが普通です。

     ですが、そこで焦ってはいけません。85kgより70kgのほうが健康的であるのは自明ですし、そのまま続けていけばBMI22~23程度にはいつか必ず近づけますので、じっくりと実行していってください。

     自分の目標と、現状の把握。そこから、「1日何回、どれだけ糖質を食べるか」というラインが見えてきます。あとは、タンパク質と脂質をたっぷりと食べて、筋肉が落ちないようにしながら体脂肪を落としていくだけ。ここからは、自分との対話です。


    ○生活習慣病予防および健康増進目的の場合

     現状、肥満でも糖尿病でもない方は、まずは自分の食事を1週間分書き出してみてください。どう見ても糖質が多く、タンパク質・脂質が足りないようであれば、食事の改革が必要です。

     たとえば、朝食に食パン2枚と野菜サラダを食べているなら、食パンを1枚に減らしてハムエッグをつける。昼食に麺類ばかりを食べている人はハンバーグやショウガ焼きなどに替え、ご飯やパンを半分に……。そして、間食でゆで卵やチーズを食べるようにしましょう。

     こうして、毎日の食事から糖質を減らし、タンパク質に置き換えていきます。これだけでも、体への糖質の悪影響はずいぶん回避できます。ベルトの穴1つ分ぐらいなら、すぐに縮まる人も少なくないはずです。

     しかし、これだけでは十分ではありません。ざっと計算してみましょう。

     【朝食】6枚切り食パン1枚……糖質約25g
     【昼食】ご飯茶碗軽めに1杯……糖質約40g
     【夕食】ご飯茶碗大盛り1杯……糖質約80g

     これだけで、糖質量は145g。これに、おかず分の糖質約60gが加わると、1日の合計は205gにもなります。これでは多すぎるので、やはり1食分の主食は不要と考えたほうがいいようです。

     3食のうちでどこかの主食を抜くなら、夕食がベスト。朝食や昼食に比べ、「次の食事までの時間」が最も長いからです。

     上の例から夕食のご飯を抜けば、1日の糖質摂取量は125g。米国糖尿病学会が「改善」のために規定している数値は1日130g以内ですので、ここまで抑えれば肥満や糖尿病などの生活習慣病も「予防」できる可能性が高まると考えられます。

     そんなに減らして大丈夫? と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その答えは「まったく問題ありません」です。てんかんのある方に対して、「ケトン食」という糖質ゼロの食事療法が長年行われて実績をあげていることからもわかるように、ヒトは糖質なしでも活発に生きられます。

     ときどき、「脳のエネルギーは糖質だけ」という説を語る人がいますが、それは明らかな間違い。脳は、糖質だけではなくケトン体をエネルギーにできますし、そのほうが効率的だという説もあるほどです。

     現代人の食生活は、ヒト本来のデザインから遠くかけ離れてしまいました。それを元どおりに修正することが、健康ひいては長寿への近道です。